1. 随筆
  2. 472 view|最終更新 21/04/03

ノルカ・ソルカってララフェルいそうですよね。

昨日、物事においては自己満足できるかどうかが重要と書きました。その観点こそが自らの幸せに……アッ¥も7も出なくなってる!キーボード復活!!

さておき、にんげんしゃかいというブツは、様々な要素を寄り集めてにんげんを形成します。そのにんげんが複数絡み合ってもつれ合うことで社会が生まれるわけです。で、個人を形成するものはといえば、これまでの経験みたいなモノはもちろん、住む家の間取りだったり、仕事の内容だったり、ごはんの選択だったり、帰り道の天気だったり。そしてそれらの要素は、自分でどうにかできること、できないことに分けられもします。

例えば、お店でごはんを注文したとき。メニューを選ぶことはできますが、その味を決めることはできません。作るのはお店のヒトなので。おんなじ「パンケーキ」でも、スフレタイプなのか堅焼きタイプなのかはお店次第だし、そのへんを明記してあっても自分の口にあうかは未知数です。ただ、その前段階として、お店で出しているパンケーキがどんなモノかを調べることはできますね。そこまでしかできませんが、そこまではできます。

というわけで。どうにもならないと思っていたことも、どうにかなるかもしれないところまで持っていける……場合もあります。その望みを生むことにこそ、人事を尽くす価値があると思うのです。無論、がんばってみても、無為に終わるかもしれません。がんばらずとも、僥倖に恵まれたかもしれません。だからとすみっこに体育座りする根拠とはならないと私は思うし、自分が満足できる行動を取る、あるいは取ろうと励むことこそが人生とよばれるブツなのではと考えます。

「こうしたいな」「ああしたいな」を考えることは自由。それを実行に移すのも、夢物語として霧散させるのも自由なのです。ある程度はにんげんとして生きてきて、叶いそうもない夢もあることを覚えました。その一方で、可能性を決めるのは自分自身であるとも知っています。であるならば、刀を抜き放つべきか。乗るか反るか。ノルカ・ソルカ。

(ृ ‘꒳’ ृ)タイトル回収したからおわるね!!!

 

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