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朱雀ちゃんのガチ蹴りはマジだったのか。

対峙

Patch4.4で実装の朱雀征魂戦、および極で戦うことになる、朱雀。詳細は後述しますが、そのなんとも危うい言動が、ヒカセンの間で話題になりました。それらを単純なネタとして笑い流すこともできますが、個人的には、支離滅裂となるだけの理由があるような気がして。

無論、おもしろく捉えることに抵抗があるわけでも、そのように扱う方を非難するわけでもありません。ただ単に、ちょっと深掘りしたいと思った、私のあそびかた。というわけで、さっそく参りましょう。

 

※いちおうのご注意※
ストーリーのネタバレ的なお話があるよ!公式の情報や見解と異なる場合があるよ!めっちゃ長いよ!

 

本記事のタイトルにある「ガチ蹴り」とは、彼女の使う多彩な技のひとつ、「鬼宿脚」のこと。これ以外も朱雀の技名は守護する方角からきており、設定の緻密さ、ひいては四聖獣奇譚の魅力を感じます。そして正気に戻ってください!と言いながら放つそれは、正気に戻る前に昇天しかねない威力だったのです。そんな振る舞いと同時に、彼女は光の戦士をテンゼンと誤認してもいたのです。つまり支離滅裂やんけ!というのが冒頭のお話。

しかし、あのときの彼女は、どんな状況だったのか?どんな因果と因縁が、彼女をこうさせたのか?……を考えていたところ、また違う側面も見えてきた。それをつらつら書き上げる、たいへん長い記事でございます。時間を無駄にしたという苦情は受け付けませんよ!!

 

凛々しい

ではまず、件の朱雀とはいったい何者で、どのようにして現在に至ったのか。当人や「博識のフウリ」等が語るところによれば、

遥か昔に、「鳳凰」に似た姿で生まれる
・鳳凰=不死の力を得られるのでは、という理由で追われ続けた
・テンゼンだけは、ありのままの「朱雀」と受け入れてくれた
・そんな彼に心惹かれ、彼の力になりたいと思った
・けれども、黄龍との戦いにおいて、彼を眼前で失ってしまう
・自らが鳳凰であれば、再生の力があれば、と激しく苛む
・それから数百年後、瑞獣へと化し、あの時願った再生の力を得る
・力を得た後は、戦争や疫病で失われかけた多くの命を救ってきた
・しかしテンゼンへの想いが募る余り、アラミタマに飲まれかける

……ものすごーく乱暴かつ簡潔にまとめれば、「大切な人を目の前で失い、自分をめっちゃ責めて病んだ」といったところでしょうか。うわぁ~あんまりにも乱暴な表現。ともあれ、千年の長きに渡り過去を悔やみ続けた結果、朱雀の心はアラミタマに囚われてしまったのです。

 

 

お背中

続いて、バトルフェイズでの彼女の言動と、BGMの歌詞(私家版)をご紹介しましょう。台詞をタップorクリックすると、私の解釈がずらっと出てきます。

 

テンゼン、なぜ刃を向けるのです!?私がわからないのですか!

あれほどに恋い焦がれたテンゼンと、光の戦士を見紛うほど、我を失っていることがわかる台詞です。あるいは、彼と同質の力を持つ者だから、誤認をしたのかも。ゆえに、本心を引き出せた=鎮魂への道があったのでしょう。

 
あなたを失った悲しみが、私に再生の炎を与えたのです!

特異な存在として生まれたものの、あのときは「ただ長生きした獣」に過ぎなかった。その彼女が再生の力を得、瑞獣となる契機こそ、残酷なことですが、テンゼンの死であったのです。ゆえに、瑞獣となった自身に苦しむことにもなってしまった。後述しますが、彼女の逡巡がここにあるのではと感じます。

これより、再生の儀を執り行います……!もう誰にもあなたを奪わせはしない……!

「もう誰にも」に宿る、悲壮な想い。あくまで想像でありますが、再生の力をふるうたび、最も使いたかった時にこの力を持たなかった、自身の無念を噛み締めていたことでしょう。そして、今ここで苦しむ人々を前に、そんな念を想起する自分をまた責めたり。この千年、その呵責に苛まれた日々だったのでは、と。

この姿を見せるのは、これが初めてですね……。あなたは私が守ってみせる!この慈愛の炎で!

大技「焼滅天火」を発動させ、凛々しい女性の姿へと化した際の台詞です。ヒトの姿を取ることができるほどの神通力は、フウリが語るように、瑞獣となった後に得られるもの。テンゼン在りし頃の朱雀はまだ瑞獣ではなく、このようなヒト形態にはなれなかったわけです。ゆえに「これが初めて」であるのですね。

白虎が半人半獣だったのに対し、すごく人間らしい外見です。テンゼンは朱雀を朱雀として認めてくれたから朱雀は心惹かれたのだけれど、おそらく彼女は、ヒトであるテンゼンの傍らにあって不足ない……というより、テンゼンと並び立てる「ヒトの女性の自分」を願った。鳥の姿でも受け入れてくれることを理解しつつ、それでもかくありたい、と願う乙女心。好きな人に好かれたいと願う朱雀ちゃんかわいい。(本心漏れ

なぜ立ち上がるのです!?あなたは私が守ると言っているのに!!

支離滅裂と言われる言動のひとつ。攻撃を加えてなおの発言で、額面通りとれば確かにアレです。ただ、朱雀が再生の力を持ち、(彼女のなかでは)テンゼンが錯乱して襲ってきたとすれば、おとなしくさせるつもりの一撃であった、と解釈できます。万が一のことがあっても、再生の力があるのですから。

それに、この時の朱雀のように精神耗弱であったなら、私が守ると言っているのに!!と激昂した可能性も大です。どうしてわかってくれないの!って。亡執に囚われた者に、常識や理論なぞ通用しません。たとえそれが、本来はとても理知的な者であったとしても。

正気に戻ってください!

本記事タイトルでもある、ガチ蹴りをブチかますシーン。正気に戻れと言いつつの全力に、光の戦士が総ツッコミ。けれど、千年の亡執が生んだ幻影を思えば、然もありなん。千思万考で朱雀のイマジナリー・テンゼンは膨らみ続け、あの人はこのくらいで死ぬわけがない、と確信していたか、ひとつ上の台詞のように、万が一倒れても再生できるから、と考えていた気配。往復ビンタくらいのノリだったと想像されます。よって、あのガチ蹴りはマジ。(タイトル回収

……あるいは、テンゼンは侍でありながら、インビンと鋼の意志を使えた……?朱雀ちゃんオトした上にシステム超越かマゲ?(ヤカラ発言
余談ですが、このモーションすごくカッコいい。朱雀ちゃんかわいくてカッコいい。(本心漏れ

私が願ったのは、ただ、あなたとともに……!

繰り返しとなりますが、おそらくこれが何よりの本心。彼女にとって、自らの生自体、この一念に集約されるほどに。後述する歌詞においても、それほどまでの執着というか、強烈な願い、渇望が見て取れます。千年願えど、願えば願うほど詮無きことを理解もすれど、それでも、貴方と共にいられたらと、願わずにいられない。その胸中を思うと、相応しい言葉が見つかりません。

あなたの手で討たれるのならば、私は……。

最愛の人の手にかけられる最期は悲劇か、あるいは法悦か。彼女の場合は「テンゼンが望むのなら」と、アラミタマに呑まれかけている自らを無意識下で認識し、むしろそうなることを願っていたようにも感じます。それほどに、テンゼンという存在が彼女の核である、と。バトル最終盤での台詞ではあるのですが、朱雀という存在を端的に表しており、非常に印象的でした。


他にもいくつか台詞はありますが、通底するものは、テンゼンという存在への執着、そして憧景。手に入れられなかったからこそ憧れ焦がれるものでありますが、それを千年……失ってから、ですからね。イマジナリー・テンゼンも生まれるってなもんです。(気に入った

命の長さの差異がもたらす死生観の違いは、必ずや存在します。たとえテンゼンがヒトの寿命を全うできたとて、千年の時を生きる瑞獣からすれば、あまりにも短い命。されど、その葛藤に打ち克ち、承服したうえで、朱雀はテンゼンを愛したのです。

いずれ時が、二人を別つことであろうことをも含めて。それはまるで、シヴァとフレースヴェルグのように。

……であればこそ、ただでさえ短かった「この先」が儚く夢と散ったその時から、長きに渡る逡巡がもたらした影響を、想わずにはいられません。ただ単純な失恋や別離であれば、なんだかんだ切り離せもするでしょうけれど、自らの存在を定義づけた、決定づけた存在との……ですから。

 

 

半身と

……といったところで、朱雀戦で流れる曲の歌詞を。非公式の聞き取りであり、公式の歌詞と異なる可能性大。全く意味が変わるほどの差はないとは思……いますが、あくまでひとつの予想と捉えたうえでご覧ください。動画下の「歌詞(非公式)」「意訳」「注釈」をクリックorタップで、該当の内容が表示されます。意訳は特に私フレーバーのテキストです。

 

朱雀テーマ曲「千年の暁(せんねんのあかとき)」

歌詞(非公式)
手繰り寄するは かの情景
清らにやさし 恋ひ恋ふ空

(Bathed in sorrowful refrain
Of the bird’s sweet haunting elegy
Yearning cannot fight my fate
Stain your cheeks for we shall meet again)

陽炎の如く消えて 恋ひ恋ふ 吾が君に
永き別れが来たり 幾度願えど もう

千年の暁 恋ひ恋ふや 過ぎて
三世を羽ばたけど 往く世なく

一念に流すは 恋ひ恋ふの涙よ
願わくは 吾が君 生き出で給え

深淵に弊えて 恋ひ恋ふに朽ちたら
君待つ 彼方へと

意訳
胸に去来するのは、過ぎ去りし愛しき日々
美しくも耐え難い、果てなく続く恋心

(忘れ得ぬ 淡き想いに 満たされし
朱雀が紡ぐは 千年の哀
恋い恋へど 天の定めの 然らしむ
輪廻の果てにて また逢う時まで)

儚く散ってしまった愛しい貴方
永遠の別れを迎えただなんて
夢であってくれたらと、何度も詮無く願ったけれど

恋心と共に、千年の朝を迎えては
過去現在未来、貴方の姿を探したけれど
貴方のいない世に、私の居場所などありはしない

ただ貴方に恋焦がれ、涙を流すばかり
願おうと叶わぬ、とわかってはいても
愛しい貴方、どうか黄泉がえってください

いつか私の心が昏き底に至り
この恋に殉じられたなら
貴方の元へと参りましょう

注釈
曲名と曲中の「千年の暁」は、暁と書いて「あかとき」。清ら・やさし・恋い恋ふ・弊えは、万葉集や源氏物語の表記。よって、歌詞は上代語(現代から千年の昔)と考えられます。英語部分は……フォーラム等の受け売りです。自力ではさっぱりわからん。そしてこれは、短歌調の日本語の英訳ではと言われています。つまり再翻訳が必要で、短歌の素養も学もない私ですが、手を付けてしまったからにはがんばってみたよ!……恐縮ながら意図を説明いたしますと、哀と愛をかけているとか、天と然でテンゼン(本当の漢字表記はきっと典膳)とか、再生の力と輪廻とか、字余りで感傷を高めるとか、えーっと、100点中で……4点……!!!

※追記…どうやら全然違った。しかたないね。詳細は後日公開した記事にてご案内しています。
恥ずかしいので消そうかとも考えましたが、間違えた事実も消してしまいかねないので消さない。朱雀も、過去と向かって乗り越えたのだから!

私の聞き取りと解釈では、すべての段落で「恋ひ恋う」というフレーズが出てきます。これは、「絶えず恋い慕う。恋し続ける」という意味の言葉で、万葉集に見ることができます。それだけで想いの強さを感じますが、歌詞全体が、また烈しい。ぜんぶでやりたいところですが、抜粋して後半部分だけ!

 

千年の暁 恋ひ恋ふや 過ぎて 三世を羽ばたけど 往く世なく

恋心と共に、千年の朝を迎えては過去現在未来、貴方の姿を探したけれど貴方のいない世に、私の居場所などありはしない

過去現在未来、貴方がいないならば私の居場所などない。それほどの想いを抱き続け、生きてきたのです。激情ではなく、長い長い年月を経ても尚消えぬ想い。

一念に流すは 恋ひ恋ふの涙よ 願わくは 吾が君 生き出で給え

ただ貴方に恋焦がれ、涙を流すばかり幾度願おうと叶わぬ、と知ってはいても愛しい貴方、どうか黄泉がえってください

「吾(あ)が君 生き出でたまえ」は、源氏物語にある記述。「吾が君」とは、自らの主人への敬愛、そして大切な人への親愛を込め使われる呼称です。再生の力を得、あの時を思い出しては涙に暮れ、また朝を迎えて、居ても立っても居られず、面影を探し。けれども、愛しい貴方はどこにもいない。……それを千年。

「蘇る」ではなく「黄泉がえる」と意訳してみたのも、私なりの考えあってではありますが、全部書いていてはアレなのでね、ね。

深淵に弊えて 恋ひ恋ふに朽ちたら 君待つ 彼方へと

いつか私の心が昏き底に至りこの恋に殉じられたなら貴方の元へと参ります

アラミタマに囚われた朱雀が抱いていた、偽りなき本心。この果たされぬ恋心に押し潰されてしまえたら、この生を手放せたら、貴方の元へ飛んでいけるのに。……自らの生、自らの定めといったものは、このときの朱雀にとって、二の次だったのではと感じます。そうなることが唯一「救われる」道だと、長い時間の果てに思い至っていたのでは、と。

 

 

焼滅天火

彼女の内に渦巻くは、千年を経て癒えきらぬ哀傷と、千年を経ても忘れがたき慚愧の念。無論、果てぬ想いは募るほど、身を苛み、心を蝕む毒となります。……ただ、悲しいことだけれど、それらこそが、彼女をここまで歩ませた原動力でもある。

もしも、テンゼンと出会わなければ、そして、テンゼンを道半ばで失わなければ、彼女が瑞獣へ成ることもなかったのでは、と思うのです。余りにも強烈な、出会いと別れ。そのふたつが彼女を揺さぶり続け、情念の炎を滾らせ続けることとなったからこそ、瑞獣へと至る、長きに渡る生を踏破し得たのでは、と。

それは、悪しき意味での「執着」であったのかもしれません。けれども、それを乗り越えられるだけの何かが、彼女のうちに宿っていた。あるいは、それもまたテンゼンがもたらした奇跡。これもまた運命、ということなのでしょう。

されど、瑞獣としての力をふるうたびに思い出される、振り払うこと能わぬ、決して消えることなき後悔。この力が、あの日あの時にあれば。あのヒトを救うこともできなかったこの身と力に、いったいどのような意味があろうか?と。……運命とは、かくも残酷なものです。

私は女心も瑞獣心もわからない朴念仁ではありますが、初めての理解者かつ想い人を目の前で失った耐え難い痛みと苦しみを想うことはできます。そして、その痛みと苦しみを抱きながらも、「あの時に願った力」と「愛しい人と並び立てる理想の姿」を得るほどの想念に、彼女が元来持つ強さと、それすらも覆い尽くしてしまう悲しみを思うのです。これを「女のウェットな執念」とか、「過去に縛られた姿勢」等と表現するのは、私にはちょっと、無機質的、乱暴な発言に感じてしまいます。メンヘラだなんだと腐すのは簡単だけどねェー。

イベントシーンにて、衆目の前で、瑞獣である前に一人の女である、と叫ぶ場面があります。冷静に、全体の利を考えて、私(し)を滅して公に捧げることを是とするならば、瑞獣として、その主張は誤りであると言えるでしょう。けれど、彼女の根源である「テンゼンへの想い」を思えば、それを否定することを、私にはできそうもない。

……できそうもないのだけど、見過ごすわけにもいかなくて。というよりは、その想いを感じるからこそ、何とかしてあげたいというか。結果、文字通り命のやりとりの末、彼女のアラミタマを鎮めることとなるのです。そうして光の戦士は、紅玉海とひとりの女性を救ったのだけれど、果たして、こと朱雀の身においては、これが救いであったのか。

アラミタマに飲まれかけた折に願った、テンゼンと共に在れぬのならば……の想い。たびたび「千年の亡執」と私は表現してきましたが、たとえ幻であったとしても、長い間抱き続けてきた想いが崩れ去るのは、それもまた苦しいことであるのは、想像に難くありません。であるならば、夢うつつのうちに果てたほうが……とも。

ただやはり(ゲームとかお話の都合上とかをひとまず置いといて)、テンゼンと過ごした記憶、伝えられた言葉、掛けられた気持ち。それらを胸に、前へ進めるようになるだけの時間も、その器量も、朱雀にはあったのです。

詮無きこと、決して敵わぬ愚かな願いと理解しながら、それでも願わずにいられなかった幾星霜。千年の明か時を超えた先で、身を苛む亡執を遂に昇華し、恋ひ恋ふ彼岸より舞い戻り、再生を果たした朱雀。

 

 

幸あれ

テンゼンを失った事実。その時から現在まで続く、喪失感や虚無感は消えません。けれど、彼の存在を通して得られた想い、手にした物もまた、確かに存在します。

忘れること、置いていくことは、そりゃあ簡単です。忘れてはいけないことを、忘れずに生きる。忘れられないことを忘れずに、未来に活かすことで生かす。辛いことや苦しいことを側に置き続けることでもあるから、簡単ではありません。捨てちゃえば、その時は楽になる。でも、決意の元に歩むことで、昇華されゆくモノがある。悲しかったこと、嬉しかったこと、全てを抱きしめて、前へと進む道筋は、とても険しけれど、振り返った時、気高く尊い道程になっていると、私は考えます。

最後に、アラミタマを鎮めた後、朱雀の語った言葉と、いささかの蛇足を。

 

「今の私には力がある。 大切なヒトが守りたかったものを守るための力が。」

貴方が命を賭して守ったものに、この身を捧げられるのならば、それが貴方の恩に報いる唯一の道なのでしょう。再びお会いできるのは、もう少し先になってしまったけれど、その時には、「賜った宿命を全うしましたよ」と、胸を張って、笑顔で、貴方へ伝えられるように。

 

_____

この記事は、あくまで推測と想像が主であります。基本深夜テンションで書いたので、色々とアレです。また、実際の設定や今後の展開と齟齬が生じる可能性は多々あり、特に私はPLLや外部情報を見ないので、その確率もより高い。ただ、真実のストーリーが明かされるのは、喜ばしい事態です。というわけで、早く公式歌詞が公開されますように!

※追記 … されました!それを含めた記事を改めてご紹介。

 

……今後の四聖獣奇譚の展開を楽しみとしつつ、そして朱雀ちゃんのこれからが幸多きことを祈りつつ、ひとまずは、この記事の結びとさせていただきます。長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

_____

2019/04/26 … 再度の修正。たぶん最終版。

2019/03/26 … デザイン変更による表示崩れおよび文言修正。

2018/11/11 … 追加記事公開。→「千年の暁」の歌詞を味わう。

2018/10/26 … 公式の歌詞公開。→こちら

2018/10/06 … 記事公開。

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