動画を観るのがちょっとだけ苦手なんですが これはわかってくれる人いるだろうか??? pic.twitter.com/7KfPSMHtt2
— 斎藤充博 (@3216) April 7, 2019
Twitterで、このようなつぶやきを目にしました。私も、あんまり動画コンテンツを好まないタイプだったりします。
嫌いではないし、排斥をする意図だって欠片もないけれど、「動画」と「文章」を選べるのなら、後者を選ぶスタンス。記事が長くなったので冒頭に結論をもってきますと、
「喋りの進行や画面の遷移といった”待ち時間”が生じる」
「求めるモノ以外の情報が含まれがち」
「同様の情報なら、音声を聞くより文章を読むほうが早い」
あたりが、動画を積極的に選ばない理由かも。動画と文章……を対比にしましたが、動画は”音声や画像”が主で、文章は”文字”が主、と私は認識します。
たとえば、「こんにちは」というニホンゴをそれぞれでインプットするとき。動画であれば、音声として声色、抑揚、速度などが含まれ、場合によっては画像として、発言者の外見や仕草も表示されるし、ときには「こんにちは」と無関係な情報(風景画像や何らかの文字)も表示され得ます。
一方の文章は、まあ、「こんにちは」という文字です。「こんにちは」「こんにちわ~」「コンニチハ?」、「こんにちはっ」「こんちわ……」「こ ん に ち あ !」、文章表現の幅はあれど、フィールドは文章、文字です。
文章において増える要素は文字であって、別チャネルでの処理が求められることはそうそうない。
……などと考えたとき、ざっくりといえば、良くも悪くも、動画は情報量が多いんですよね。
長所は、一発で「様々な」情報が得られる。短所は、求める情報が定まっている場合、ノイズが多い。おにぎりが欲しいだけなのに、味噌汁や漬物まで勧められる光景。
文章は、割と必要最低限です。これ、エッセンスを端的に表現できれば効率最高だけれど、複数の要素を表現したい際、相応の量が必要になってしまう。鮭おにぎりが欲しいのに、鮭が入ってなかったりする光景。
動画を見れば「笑顔でこんにちは」が一発でわかるところ、”にっこりと微笑み、元気よく「こんにちは」と挨拶した”とか書かないといけない。
一方、たとえばこの記事(日記)をインプットするのならば、動画(読み上げや字幕)より、文章を選んだほうが、きっと時間も理解も早いはず。……まあ、文章向けコンテンツとして作っている面は大きいですが!
……といったあたりを色々と考えたとき、「動画の効率の悪さ」が、個人的には気になってくるのです。効率効率、と言うと生き急いでいる感もありますが、時間単位、処理単位で考えたとき、シンプルなもの(文章)に比べれば、どうしてもね。
そういうのが生じやすいので、ついついテキストに流れがち。文章であれば、再構築してイメージ図を脳内展開……などの作業を体得できているから、というのもありそう。
ただ、これらはおそらく、経験によってある程度解消できる部分。私が文章や文字において、無意識下でそうできているように、場数を踏めば(その時において)不要な情報を削ぎ落とせるはず。
……なのだけど、それはそれで、動画を見る姿勢としてはズレている気もする。動画とは”同時多発的に様々な情報”を提供するフォーマットで、文章がモノクロだとすれば、動画はフルカラーなんです。その華やかさを楽しむものじゃないかなーって。
また、求める情報が具体的でない場合、ザッピング目的で視聴する、というのもわかる気がします。あるいはもう、その発信者の情報は何でも欲しい、みたいな。
そのような姿勢を取れる方を「ファン」と呼ぶのでしょうけれど、となれば私は何のファンでもないなぁ、としみじみするなど。
かといって、冒頭の通り、動画を否定するつもりはありません。モットーとして「無駄にこそ価値がある」と考えていますし、何より私だって、YouTubeに動画を多数あげています。
ただ、動画としてはものすごーく、意識してシンプル。敢えてモノクロレンズで撮るポートレートみたいな。このあたりはまた折を見てダラダラとお話できればいいのですが、今後は新境地、それこそ「情報量の多い動画」もやりたいなって。
なんだかお話のまとまりが欠片もないのですが、今回はこっそりレギュレーションとして、「記事書き始めから1時間で公開」と決めていましたので、このとっ散らかった内容をwebの海に放り投げます!!!!!!
オラァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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