1. 随筆
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「煽りに乗らない」こと。

扇で風をおこして炎を燃え上がらせるように、ヒトの感情を焚きつけることを「煽る(あおる)」と言います。

FFXIVに限りませんが、そういう「ヒトを煽る発言」には、よくよく注意すべきです。その発言がどんな立ち位置で、どこに目線があって、なにを目的としているのか?そのあたりを見極めなければ、煽られて乗せられて、都合のいいように扱われかねません。

掲示板、フォーラム、まとめサイト、ブログ、Twitter、ロドスト……いまは、誰もが発信側になれる時代です。そして、なかには意図的に煽ってくる人間もいますが、ほとんどは「悪意なき扇動者」だったりします。

「悪意なき扇動者」とは、事実を事実として述べれば良いのに、感情や心象などをのっけてコンテンツとする人のことです。私が勝手に名付けた。ある意味では、私もその一員でしょう。侍情報には自らの経験や感覚からくる感想を付け足すし、ブログというコンテンツを運営しているのですから。

ただ、悪意がなかろうと、感情の籠もったことばが、だれかを煽り立てることには変わりありません。発言者の意図云々ではなく、受けとる側がどう受け取ったかなのです。それだけ感情というものは大事だし、受けとるに際してエネルギーが必要であることを胸に留め置くべきなのです。

そして、本人に悪意がなかろうと、感情の発露を目にした人間は、よほど感受性に乏しくない限り、多少なり影響を受けます。一度や二度であれば、大したことはないでしょう。しかし、何度も継続してそれに曝されたら?

一例を挙げれば、不特定多数の感情や思惑を「まとめる」サイトなどは、様々な方角から様々なベクトルの煽りを受けます。そういう場所との付き合い方、読み解き方は特に注意しなければなりません。
「気に入らない人間を探しだして語気強く言及する」などの振る舞いも、健全ではなさそうです。探してない、目に入ってくるんだ!というのなら、その環境に身をおいていること事態の異常性に気づくべきです。

……このブログにも、煽るような記述、発言があることでしょう。この記事にだってあるかもしれません。今後も、努力はしますが、なくすことはできないとも思います。ですから、ご覧のあなたにはぜひとも、私の「煽りに乗らない」ように自身の気持ちと考えを持ちながらご覧いただければ嬉しいし、そのスタンスをほかのところでも発揮して頂けたら嬉しいな、と思う私でございました!

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コメント

    • 匿名
    • 2019年 8月 10日

    つい最近、Twitterでイラストレーターの貞本善行氏がニュースにもなった表現の不自由展の一部作品について煽るような発言をしていましたが、それに韓国のかたは大層乗せられて暴言をtweedしてました
    これでも煽りに乗らないのが正しいのでしょうか

      • 松乃雪
      • 2019年 8月 10日

      いらっしゃいませ!
      何を意図した質問なのか、この記事のどのあたりをどのように読んでこのコメントを頂戴したのかを測りかねるのが大変恐縮ではありますが、端的にお答えさせていただくのであれば、「煽りに乗らないのが正しい」です。それぞれの国や文化へ向けて、煽り芸コンテンツ遊びをしたいのならば別です。
      抗議を含む表現活動ならば尚の事、行動の源泉が感情感性であればこそ、努めて理性的に、理論立てて行うべきだと考えます。どちらが先に煽った、どんな無礼を働かれた、そういった一連に同じレイヤーでやり返すのは愚策です。内外の対処基準は「煽りに乗らず、冷静かつ事実で対処するのが正しい」です。
      現代社会において、自身あるいは属する集団への明示的/暗示的な煽りは不可避です。その現実を踏まえどう対応していくかが、ひとりひとりの価値になると考えます。感情に感情で返す泥仕合を望むのか、感情を理性で制御して導かれる結末を望むのか。
      逆にお聞きしたいのですが、理性や社会性、論としての正当性など諸々を放棄し、煽りに乗せられるのが正しくなる場面というのは、どのような状況がありますか?

    • 匿名
    • 2019年 8月 10日

    煽りに乗らないより、煽らないことが正しいと思います。
    自分で不特定多数が見るものを書いてる自覚があるのなら、煽るような文章を書くのが一番正しくないです
    受け取り手が理不尽にも煽ってると考えるのと、本人が煽るような記述、発言があるかもしれませんとかいうのは違うと思います。
    率直にいって、予防線張ってんじゃないよ!と思いました。
    自分の好き勝手に14のアンテナサイトに登録したブログに、14の記事をあげてるだけなら気になりませんでしたが
    他人に説教するような記事を書いて一体なにがしたいのでしょうか
    説教できるほどあなたは人間的に出来た人格をもってらっしゃるのでしょうか
    おそらく、先のPLLでの吉田などへの反響を聞いてなのでしょうが、それならばそのことを冒頭に入れて話始めればいいことです。

    • 匿名
    • 2019年 8月 10日

    煽りに乗らないより、煽らないことが一番正しいことです。

    たしかに世の中には理不尽に解釈して煽られてると思う輩もいますが
    そもそも自分で不特定多数が見るブログを書いてる自覚があるなら、煽るような記述、発言があるかもしれませんなどと
    自身で管理するブログで言うべきではないでしょう
    率直にいって、記事投稿を見直すのが面倒だから予防線張って、読み手に煽りに乗らないでねってなんだそれ!って思いました。
    自分で14のアンテナサイトに登録して、14のプレイを記事をあげてるなら気にもなりませんでしたが

    何を説教臭いこと書きつらねて煽りにはのらないで、自分は煽っちゃうかもしれないけど
    こんなバカな主張はありません。

    • 匿名
    • 2019年 8月 10日

    煽りに乗ることが正しいとは主張してません。
    のせられた事例と質問をしただけなのですから。

    そもそも煽りに乗らないより、煽らないことが一番正しいとは思います。
    あなたもブログ書いてるなら、煽ることがあるかもなどと予防線張らないほうがいいですよ。

      • 松乃雪
      • 2019年 8月 10日

      (上3件は同じ方からのコメントのためまとめてお返事)
      お返事いただきましてありがとうございます。再度のご返信は双方の手間になってしまいますから、ひとまずこれにて打ち止めとしていただければ!

      煽りに乗らないのが正しいのではなく、煽らないのが正しい。実に仰る通りです。ですがこの記事はその地点を過ぎ、現実として「煽られることがあるよね、じゃあどうしよう」を記したものです。明示的/暗示的に煽ってくる側に「煽らないでください!」と言えば改善される幸福な社会になれば良いなとは思います。

      さておき、本記事、あるいは少なくとも他いくつかの記事を読んだうえでの評価(ひとつの記述だけで人間を判断することの危うさについては省きますね)として、「松乃雪とかいう奴は予防線を張って人を煽るんだ!」とご判断なさるのも受け取り方次第ですので特に申し上げることはありませんが、ご自身の記述もまた「人を煽る」ものである可能性には思い至ってらっしゃいますか?

      「人間的に出来た人格を持っているのか」「バカな主張」

      のあたりは、本記事の文中にあるように、客観性の高い記述ではなく、感情や感想からくる評価ですよね。おっしゃりたい問題点の指摘には不要だけれど、この記述を入れたほうが、伝えたいこと(私の発言への反感etc)の解像度は上がるから、盛り込まれたのであろうと推測します。これのどこが煽りなんだ!と思われるかもしれませんが、受け手次第なんですね。発信側(今回のケースでは貴方も私に向けて発信していますので発信側です)はそのリスクから免れ得ず、簡単に「悪意なき扇動者」の成立要件を満たしちゃうから、気をつけたいですね!というのが本記事の論旨です。

      例えば私が、Tweed(毛織物)ではなくTweet(呟き)でしょ?とか、推敲もしないで3連投したんですか?などとお返ししたら、どう思われますか?「事実ではあるけれど、そんな言い方ないだろう!」とお思いになるかもしれません。貴方個人が思わなくとも、そのコメントを見た不特定多数が「煽りだ」と思うかもしれません。本筋から逸れもするため明示的に指摘せずにいましたが、この選択すら、受け取り方次第では「事実を見落とした」とも言えてしまいます。

      つまりは、どれだけ注意しようと何かを表現する以上は人を煽り、傷つけ、不快にさせ得るのだと自覚できているか否かです。裏を返せば、人を感動させ、驚かせ、楽しませることの源泉がそこにあると理解できているか否かです。ゆえに「煽りと取られかねない記述も絶対にしません!」などと現実的に不可能なことを言うほうが不誠実だと考えますし、他人を介した表現すべてに内在する危険を示したうえで、このブログも例外ではないですからね!と記述しました。

      相手の意見に納得する必要は互いにありませんから、このお返事をご覧になってなお「わからん」でも良いと思います。ただ、その場合でも「わからんことがわかった」とご理解いただければ幸甚に存じます。私としては、貴方が伝えたかったことはある程度理解できたような気になっています。そのうえで、私がここを運営する以上は、全世界でただの一人も不快にならない表現の追求に気を配りはするけれど腐心する気はないし、リスク(といっても過去記事をご覧頂けたらわかるように、推測や願望に基づいた記事はほぼなく、それらを込める時は予め明示的に断る念の入れようですが)があればこそ「響く」ものがあるとも考えるため、ご意見は参考にさせていただきます、と結ばせてくださいませ!

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