1. 随筆
  2. 1018 view|最終更新 20/01/21

例の「子供のゲーム規制条例」について。

香川 NEWS WEB – 県条例素案にゲーム利用時間制限 (NHK)

先週末、「香川県議会が子供のゲーム時間を制限する条例を検討開始」なるニュースがネットを席巻しました。まだ素案ですので、明確な内容やそもそも成立するか等はこれからですが、「国と地方の協議の場(令和元年度第2回)における協議の概要に関する報告書」の P.17 ~ P.19、香川県議会議長・大山一郎氏の代理人の発言が、本件の背景です。

報告書 PDF → https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kyouginoba/r01/dai2/houkoku.pdf

PDF が見られない方向けの該当箇所引用

私の方 からは、これは新しいテーマかと思いますが、子供たちのネット・ゲーム依存症対策についてでございます。今年の5月にWHOがネット・ゲーム依存というものを、これは疾病であるというふうに認めたところでございます。

その依存症ということでございますけれども、依存症にはギャンブル依存症、お酒の依存症、それから、覚醒剤・麻薬の依存症等々、色々あると思いますが、要は依存症の原因は何かというと、努力をした後の達成感というのがあるのですけれども、達成感のときに脳内にドーパミンというものが出てくるのですが、このドーパミンが出てくると人間は同じことを繰り返すという習性がありまして、そのドーパミン量が、お酒を飲んだり、ギャンブルをしたり、覚醒剤をすると努力の後のドーパミン量の何十倍というドーパミンが出てくるわけでございまして、そこで依存症が始まって、努力をするよりもお酒を飲んだ方が良い、ギャンブルをした方が良いということで依存症になっていくわけであります。

この依存症の原因のドーパミン量が、最近の研究ではゲームをしたときと覚醒剤を一定量投与したときと同じであるという研究結果まで出てきているわけでございます。

昔はテレビゲームとかポータブルゲームとか、親が管理のきく範囲内でのゲームが主流でありましたけれども、現在は、皆様方御存じのとおり、スマートフォンというものが大量に出回っておりまして、このスマートフォンは完全にインターネットと同じ機能を持っておりますので、これを子供たちが持つことによって、その中にオンラインゲームというものが潜んでおりまして、これが依存症の大きな原因になっておりまして、これは今までのゲームではなくて、子供たちがベッドルームまで、自分の寝室まで持っていく。それで依存症になっていって、24時間ずっとオンラインゲームをやる。ですから、昼夜が逆転するとか、それから、暴力性が強くなるとか、依存症でありますから、色々な問題が出てくるわけであります。

最近、一億総活躍社会の実現を目指すということで、保育であるとか、そういうものに対して待機児童をなくすとか、国を挙げてやっております。我 々も大切なことであると十分認識しております。ただ、それは裏を返すと親と子のつながりを希薄にしていくという一面がありまして、親も最近は多く働きますので、子供は預けられたら延長保育で12時間預けられます。12時間というのは朝8時に預けられたら夜8時まで預けられまして、こういうことで結局は子供たちがゲームの方に依存していく。親も、自分は疲れているので、ゲームやネットに子育てを任すということがありまして、そんな中で結局、どんどんゲーム依存症が進行していくということになってきております。

最近、国会の方でeスポーツを奨励しようという議連ができたという話でありますけれども、これは全くもって、地方の現場をあずかる者としては、反対の方向に流れているという気がいたします。是非、このことを十分に皆様方に理解をしていただいて、何が問題かというと、アルコールもギャンブルも二十歳以上でなくてはだめです。

しかし、このゲームだけは幼児期から触れるというのが一番の問題でありまして、この幼児期という一番、脳の発達に大事な時期にゲーム依存症になってしまったら、あとはどうなるかということは目に見えていることでございます。香川県では、これに対して条例を制定して、全国で初めてこれに対する対策を取ろうというふうに思っておりますので、国の方もできれば法制を含めて、色々なところで御支援をよろしくお願い申し上げたいと思います。以上であります。

本記事は、これに対するひとつの考え方を提示するものです。キーワードは「ニーメラー」でござる。

規制とは攻撃である

規制される側にとって、規制と攻撃は同義です。運用には細心の注意が求められます。

細心の注意をはらい、相応の理由と根拠にもとづき、救済策や代替策などを伴い、規制が社会全体の利益(公益)につながるなら、その規制は支持されます。建設的な社会の発展ともいえましょう。

しかし、相応の理由と根拠がなかったらば、それは純然な攻撃であり、弾圧となります。規制や禁止とは行政の介入ですから、影響と重みをよくよく鑑みなければいけません。まして、割を食うのが参政権のない子供&子供を持つ家庭であるなら、より一層の慎重さが必要です。

ちょっとだけ条例の中身に触れますと、保護者や教育機関の “責務” とするが罰則規定はない……のですが、あくまで「今は」です。一度制定した条例のベクトルはそうそう変わりません。撤廃するのは難しいのに「これだと効果が薄いようだから、もう少ししっかりと管理しましょう」には進めやすいのです、を踏まえて次でござる。

マルティン・ニーメラー

ここでキーワード。人物紹介などは割愛いたしますが、彼の言葉に由来するひとつの詩があります。

ナチスが最初に共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。
私は共産主義者ではなかったから。

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。
私は社会民主主義者ではなかったから。

ナチスが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった。
私は労働組合員ではなかったから。

そして、ナチスが私を攻撃したとき、私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。

「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」

文脈から理解できるように、ナチス・ドイツの所業と、そこに至るまでの事態が生々しく想像できる文章です。社会科の授業で聞きすごく印象に残って、という話はさておき。

さきほど触れた “現時点では罰則なし” も、まずは受け入れられやすい提案で通し、後々に厳格化をする布石とも考えられます。これを「サラミ戦術」と呼び、初手を通してから少しずつ拡大するわけです。つまり、芽を潰すなら今。

無関心と無批評が事態を悪化させる以上、規制推進を野放しにすれば、さらなる規制に繋がり、規制の事実が積み重なっていきます。前例主義はびこる日本で、既成事実を覆す難しさはいわずもがな。きせいだけに。(会場大爆笑(M-1グランプリ(帰省ラッシュ

ここで潰しておかなければ、前例があるからと全国規模で規制が進みかねません。「私は香川県民ではなかったから」とスルーした結果、いざ自らに累が及んだ際「声を上げる人は誰一人残っていなかった」となるのが最悪の結末。それを防ぐために、いまなのです。

……では、本当にこの条例は潰したほうが良いのか。条例が目指すものから紐解くでござる。

この条例が目指すものとは

……ご紹介した発言は結論ありきで、論理の飛躍と破綻があるため、正直まともに読解しかねますが要約。

「ゲーム依存症は危ない。ゲームは暴力性を強くもする。共働き等で親子関係が希薄ななか、親も子もゲームにはけ口を求め、子供がゲーム依存症になる。依存症にならないよう、ゲームの時間を制限したい。」

一個一個に反証反駁をしていくのは本記事の主題でないため一部割愛しますが、ゲームが暴力性を強くするという主張は、直近の研究により「相関なし」とされています。

研究により解明,暴力的なゲームと十代の若者の攻撃性の増加に関連はない (gamesindustry.biz)
※ 念のため原文 → えいご
※ さらに念のためオックスフォード大学のリリース → えいご

ついでに、ゲーム依存症の定義は以下。後述するように、おそらく先生方は依存症というフレーズを良いように使いたいだけとは思いますが、同じ穴のムジナになってはいけませんのでね。

WHO の ICD-11(英語) において定義されるところでは、

  1. ゲームをすることの制御ができない (やめられないとまらない)
  2. 生活上利益のあること (各種就業や食事睡眠排泄等) よりもゲームを優先する
  3. ネガティブな結果 (ミス / 敗戦を重ねるなど) にも関わらずプレイが過熱する

という状態をさします。これらにより個人的 / 家庭的 / 社会的 / 学業的 / 職業的または様々に重要な機能領域に影響をおよぼす重篤さと診断できたらゲーム依存症。また、12 ヶ月は症状が持続していることが判断のベースとなりますが、1~3 が満たされた上で重度であれば、期間は短縮され得ます。

ゲーム依存症 (ゲーム障害 / Gaming disorder) WHO 定義原文

Gaming disorder is characterized by a pattern of persistent or recurrent gaming behaviour (‘digital gaming’ or ‘video-gaming’), which may be online (i.e., over the internet) or offline, manifested by:

    1. impaired control over gaming (e.g., onset, frequency, intensity, duration, termination, context);
    2. increasing priority given to gaming to the extent that gaming takes precedence over other life interests and daily activities; and
    3. continuation or escalation of gaming despite the occurrence of negative consequences.

The behaviour pattern is of sufficient severity to result in significant impairment in personal, family, social, educational, occupational or other important areas of functioning.
The pattern of gaming behaviour may be continuous or episodic and recurrent. The gaming behaviour and other features are normally evident over a period of at least 12 months in order for a diagnosis to be assigned, although the required duration may be shortened if all diagnostic requirements are met and symptoms are severe.

これを回避するためにゲームの時間を制限するというのは、レイヤーとしては「活写機(写真機)で撮影されると魂が抜かれる!」あたりと同等。圧倒的に無知なんですね。あるいは無知を装い利益誘導を働いているのかもしれません。そうであってほしいレベルです。「スマートフォンは完全にインターネットと同じ機能を持つ」というふしぎふれーずから、その望みは薄いですが。

また「覚醒剤を “一定量” 投与したときとドーパミン分泌量が同じ」と危険性を煽っていますが、なんとも “らしい” 表現です。どれくらいの量か、シャブの話か医療処方の話なのか等を含めエビデンスをご教示いただきたいところですがさておき、この条例の主張は以下でござる。

「よくわからないけど、ゲームはあぶないから規制します!」

恐怖は無知から生まれる

またも自分ではなく他人のことばで恐縮ですが、哲学者エマーソンはこう語りました。

知識は恐怖の解毒剤である。(恐怖は無知から生まれる。)

Knowledge is the antidote to fear,—Knowledge, Use and Reason, with its higher aids.

理解できないから得体が知れなくて怖い。本能的な反応です。わかります。その原始的な感覚を克服するのが知識とよばれるヒトの叡智であり、その営みを手放したとき、その存在はヒト未満の何かに……という筋で進めていくと年長者に大変失礼な物言いになるのでストップしておきます。

最初は理解できなくて当然です。勘違いして間違って、少しずつシルエットを掴み、小さな理解を積み重ねる。無知という毒に冒されていた心身に、知識という血清が巡ることで、その知識が有効で正しいとされる場所と時代において、正しい判断が下せるようになります。

逆説的に、知識の蓄積を怠れば、判断を誤るわけです。

「ゲーム依存症」という概念を口にしておけば、実態は別として「理解した気分」になれます。ゲーム依存症というラベリングを濫用する認知レベル、例として同時に挙げてもいる質の近い酒ではなく覚醒剤を対比に持ち出す感性の厚顔、これらの源泉となる無知。それが形となったものが本条例にござる。

規制でコントロールは可能か

さておき、規制に効果はあるのかと考えれば、少なくとも何例かの「成功例」を探し出すことは可能でしょう。条例のおかげで勉強時間がふえて、みたいなストーリー。一方で、抑圧された反動から、何らかの方向に爆発する例も生じるでしょう。そこまで極端な反応でなくとも、選択肢を取り上げられるのですから、良い思いはしませんよね。そういう例は集計しないでしょうけれど。

長時間のゲームを選択するのは、他の選択肢が魅力的でないからです。楽しくない、見返りがない、そんな塩梅です。単純にゲームに負けてるんですよね。親、教育機関、行政が子供に与える選択肢に魅力がないだけです。であれば、問題は親、教育者、行政の側ではありませんか。

教育とは、選択肢を与えることです。取り上げたり閉ざしたりすることではありません。……そもそも、本条例が問題を勝手に生み出すだけですから、香川県行政のマッチポンプに過ぎません。教育に資するとは思えません。親御さんと教育機関はいい迷惑です。

ござるの₍՞◌′ᵕ‵ू◌₎いいとこ、禁酒法にも劣る程度の悪法です。ばっさりいけば、子供にも人権があると理解していない前時代の化石がひりだしたブツ。

であればこそ、ニーメラーの詩です。あのときに声をあげていれば、と後悔しないように。反対するなら対案を!という方もおられそうですが、対案を出させるなら、採用されたら議員にしてねというお話。政策を考えるのが為政者の義務です。今回の条例などの働きを見て「こいつアカンわ」と罷免するのが有権者の義務です。

そのうえで敢えて対案の素を出すならば、たとえ即物的であろうと、勉強することのメリットを子供に提示すべきと考えます。勉強しないと損をする!ではなく、勉強すると得をする仕組みの構築。成績優秀者だけが選べる特典、給食ワンランクアップとか、校則除外とか、宿題免除とか。

おわりに

「わからないから」「不快だから」で規制を進めていけば、行き着く先は人治社会です。わからないなら調べる。不快なら根拠を言語化して定量的に明示する。それをなさない言説は、この 21 世紀に持ち込むべきではない旧文明です。そんな時代に逆戻りしたくないので、この条例はぷちっと潰れたらいいな、と私は思います。

直近の女児連れ去り事件の原因がスマフォ向けオンラインゲームであったという情報も影響しているでしょう。でも、それ自体は規制推進の根拠にはなりえません。短絡的な対症療法ではなく、根源を絶つ原因療法が重要。そのために必要なのが理性と知識です。

理論ではなく、感覚と感情で、他人様の権利を侵害せんとする振る舞いを見過ごしては、いずれ自分が権利を侵害される側となります。そうなるまえに。

本件、実効性に不十分なところがあったとして内容に修正を加えつつ、香川県民のパブリックコメントを募集予定とのことです。このブログを香川県在住の方がご覧になるかはわかりませんけれど、実施の詳細なども含め、本件は決着まで追っていこうと思います。

拙者からは以上!!!!!

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