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  2. 794 view|最終更新 20/07/28

エオルゼアの「人種意識」について。

きょうの更新は「エオルゼアにおける差別意識について」という記事になる予定でしたが、お話がビッグバンしてしまったので急遽差し替え、序章的な立ち位置で本記事です。冒頭の記事は来週火曜日公開予定でござるよ!

ヒューラン、エレゼン、ルガディン、ララフェル、ミコッテ、アウラ、ヴィエラ、ロスガル。それぞれのなかにも氏族の違いがあり、プレイヤーの選びうる選択肢は多岐に渡ります。ところで、エオルゼアにおける最大派閥のヒューラン族を標準としたとき、それぞれの種族ではだいぶ外見が違っていますよね。

エオルゼアの人々は、その差が気にならないのでしょうか。現実世界では、ちょっと肌の色が違うだけでも「違う人種」となったりします。しっぽの有無どころか、骨格も大して違わないのに。

脱線: 現実世界での「人種」とは。

生物学的あるいは政治的なコレクトネスはさておき、現実世界ではコーカソイドネグロイドモンゴロイドオーストラロイドなどと区分されます。肌色、髪色、骨格など「外見」による分類です。が、長々語ってもアレなのでざっくり申し上げますと、遺伝学、社会学、人類学など多分野の研究により、人間はひとつの種族で、地域差や個体差があるだけだよね!というのが直近の主流です。

……それ以外どう考えるのかレベルに感じますがさておき、人種とは社会的に造られた分類だったわけです。なぜ造られたかといえば、植民地政策や奴隷制度を正当化するため、宗教的法悦に浸るため、僅かに発展が早かった連中の自尊心を満たすため、等々。つまりは旧時代の産物です。

脱線の脱線:「白人至上主義」が存在する理由。

人種やその差別を語る上で、白人至上主義はよく俎上に載るのに、黒人至上主義や黄人至上主義がメジャーではない (白人至上主義へのカウンターとしては存在する) のには理由があります。「人種」を初めて体系的に著したとされるヨハン・フリードリッヒ・ブルーメンバッハはこう語りました。

1. ノアの方舟が流れ着いたのがコーカサス地方アララト山
2. アララト山付近の人々はキリスト教的に聖地の民では?
3. 彼らの肌色などの特徴は我々に酷似している!
4. つまり我々も聖地の民と同じ!
5. 我らをコーカソイドと名付けよう!我らは聖地の民!
6. ほかの「色付き」どもは下等生物な!!!!!

清々しいまでの横暴っぷり₍՞◌′ᵕ‵ू◌₎

とはいえ、中世は宗教と神秘こそが世界の屋台骨だった時代。科学の父と言われるニュートンだって錬金術に傾倒していたのですから、これくらいは当時水準なら特段おかしくない範疇といえましょう。……現代水準で考えれば、スピリチュアルなお花畑理論なのが一目瞭然ですけれどね。もっとも、ブルーメンバッハは「(身体的特徴による分類は) 恣意的なもので、程度の差に過ぎない」としており、宗教的なバイアスを除けば比較的正確に捉えていたのでは、なんてお話はさておき。

そうしたキリスト教的価値観でもって、コーカソイドこそ「正しいヒト」、ほかは「退化したヒト」とするのが古典的かつ標準的な白人至上主義です。ブチあげられてからの歴史の長さや適用範囲の広さから、いまもはびこる思想なわけです……が、昨今の人種差別に関するあれこれを察するに、こういった裏付けなどもなく、単純に「あいつらはおれたちとちがう!」みたいな幼稚園児ムーブで差別かます手合いもはてさて多いのかな、なんてお話で脱線おしまい。

 「蛮族」

エオルゼアでは人種や種族についての表現が少なく思える一方で「蛮○」という言葉を頻繁に見聞きします。蛮族、蛮神、蛮人。FFXIV に触れる前の人生で聞いた回数よりも多いであろう頻出フレーズ「蛮○」。言葉の強さはヘビー級ですが、そこにエオルゼアならではの要素がありそうです。

まず、ララフェル族からサハギン族まで、まったく分類の違う生命体同士が、共通語によって意思疎通を図れます。バルバロイはいません。ならば、なんだかんだ通じ合えるはず……ですがやっぱり、なんだかんだ主義主張があります。話し合う、相容れない、然らば正義はこちらにあり、相容れぬ彼奴らは蛮族である、と。話し合えてしまうからこそ、相容れないことがより深くわかってしまう。

そうして、リムサ・ロミンサではコボルド族とサハギン族、ウルダハではアマルジャ族、グリダニアではイクサル族が「蛮族」とされます。しかしながら、ガレマール帝国からすれば、エオルゼア都市軍事同盟の国家すらも「蛮族」です。これは他者評価としての称号だけではなく、自己評価の裏返しと考えたほうが良さそうです。

相手が蛮族ならば、自分たちは開明的と逆説的に定義できます。開明的な自分たちが、未開の蛮族どもを教育してやる。連中が使いこなせない資源を有効利用してやる。そのためには多少の荒事は致し方ない、なんせ連中は蛮族なのだから。……自らこそ正義だと酔いさえすれば、人は容易に「正義の鉄槌」を繰り出せます。その行いこそが野蛮だとも気づかずに。かくして憎悪と悲嘆は連鎖し、報復と反抗の炎は燃え盛り、アシエンの思い通りになるわけですね₍՞◌′ᵕ‵ू◌₎国父様……。

くわえて、第七霊災を経験したばかりの世界で、人種どうこうで諍いをするヒマはない、というのも現実かもしれません。当面は「蛮族」への対処に手一杯で、種族間のアレコレについてはいったん呉越同舟的な。

ひとまずのおわりに

だいぶ脱線したので強引に戻りますと、今のエオルゼアは、外見的な差異で「人種」を区別するケースは少なく、主義主張や所属する組織で区別される世界といえそうです。現実世界よりは高度な社会に思えますが、一方で相手を「蛮族」と呼び捨てるなどの強烈な差別意識も存在・正当化されており、そのあたりでバランスをとっているのかもしれません。外見による差別は、表現するのもなかなか難しいでしょうしね。

また、ゴブリン族やキキルン族などを「獣人」と呼ぶことがあります。外見的な判断も多いにされていそうですし、そのうえで主義主張によるカテゴライズがなされているように感じます。そうした塩梅については、来週の記事で詳しく紐解ければと思います。

……なんだかちょっとふんわりまとめですが!来週の記事ではビシーッと決まるはずなので!たぶん!がんばれ来週の拙者!

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