1. 随筆
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高難易度コンテンツは誰のモノか。

まず、高難易度コンテンツとは何か。

「通常の」コンテンツとは異なり、文字通り難しく調整されたコンテンツです。ゆえに、攻略に求められる種々の水準は高く、失敗には(システム的に)容赦なく、だからこそ、踏破したときの喜びが大きなモノです。

 

で。最初に結論を書けば、

・「高難易度コンテンツを攻略するんだ」という決意を最後まで抱き
・攻略を為すまで、装備や所持品、立ち回りや知識の研鑽を重ね
・建設的な思考と態度で前へ進み続けられる人のモノ

だと考えます。

……では、これらを持てない、これらに値しない、あるいは努力してもこれらに届かない人は対象外なのか?といえば、誠に残念ながら、対象外なんです。お引取り願う対象なんです。だって、高難易度コンテンツなのだから。

 


仲間はずれにされたようで口惜しい!人を選ぶ仕組みは不親切だ!同等の支出を強いながら機会の不平等を持ち込むとは何事だ!などなどの言い分もあることでしょう。

けれども、高難易度コンテンツなんです。それらの切り捨てが生じるのは(遺憾ながらも)承知の上なコンテンツなんです。

 

生半可な熱意と知識では攻略すること能わず、本人のなかでは精一杯やっているつもりであっても、ともすれば周囲の足を引っ張る存在に貶められる世界。未熟なりに、精一杯やっているつもり。

……その精一杯が箸にも棒にもかからない領域、高難易度コンテンツ。そのように設計され、調整され、造られるコンテンツなんです。

いま現在、その高難易度コンテンツという「壁」にぶつかり、苦しみ、嘆き、悲しみ、怒り、もがいている方もおられることでしょう。どうすれば、乗り越えられるのか。

答えはひとつしかありません。自らが精進を積むこと、です。

他人に配慮を求めたり、他人の庇護を乞うたり、他人の世話を待ったり、「自分以外の誰か」に委ねず、自分の力で乗り越えるのです。

その決意を抱いたとき、高難易度コンテンツを踏破しうる権利人となるのです。

 

 

私も、初めてFFXIVで高難易度コンテンツ…零式に挑んだ(正確には攻略動画を見た)ときの反応は、

 

「?w」

 

でした。草がポイント。何やってっかぜんぜんわっかんねぇ。

……でも、今ではなんとか、零式を踏破することができました。私は、高難易度コンテンツを我が物とできたのです。

それは、冒頭に挙げた3つを持ち続けたから。誰かにおんぶして貰うのではなく、自分の足でる気概を持ち続けたから。

今後も、それぞれ時間はかかるかもしれないけれど、この3つを持ち続けられる限り、高難易度コンテンツは怖くない。そして、これを保てないほどのコンテンツと相対したときは、素直に手を引こうと考えています。

 

……しかし、自分で理解して諦める以外にも、他人のせい、他人の落ち度、他人の不注意に転嫁したとき、高難易度コンテンツは、手の届かない領域となります。

人のせいにできないのは苦しい。つらい。しんどいです。自分以外の要因で失敗となることも、星の数ほどあります。それでも歯を食いしばり、怒気落胆焦燥悲観を抑え、建設的に振る舞えるか。

私は悪くない!私は頑張った!私はちゃんとやっている!結果に目をつむってそう叫びたいのは、痛いほどわかります。でも、その瞬間こそ、高難易度コンテンツが、私達に迫る選択。

 

伸るか反るか。立ち向かうか、背を向けるか。

 

……そして、この産みの苦しみを越えた先のカタルシスが、報酬品、名誉、達成感、いろいろなカタチになるけれど、高難易度コンテンツの魅力、そのもの。

是非とも、アツい心とクールな頭でもって、絶望の果てにある喜びを掴んでいただけたらと思います。

 

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